1/02/2016

夢想


新年おめでとう。


年末、原因不明の蕁麻疹発症で心身ともにくたくただったのだが、なんとか復活、新しい年をフレッシュな気持ちで迎えられた。やれやれ。


元日、犬たちと初散歩。
天気が良くて雪が日光に反射してキラキラと眩しい。サングラスをしてくれば良かった、ってなくらい。そう言えば去年の元日は雪なしだったなぁ、と思い出す。やっぱり雪のある景色の方が嬉しい。寒いのは置いといて。

久しぶりに「豪華ハウス〜レイクコース」を歩く。あの辺りのtrailは除雪されていないだろうけれど、下手にsalt(融雪剤)を撒かれているよりマシだ。
案の定、trailは雪道のままだった。けれどもその部分は人の通った形跡で歩きやすくなっている。それにわたしはsnow boots with yaktraxなので無敵だ。

子供達が丘の上からそりに乗って遊んでいた。キャーキャーと大騒ぎだ。いいなぁ〜乗せて!と、声をかけたくなった。家のすぐ近くにこんな大きな広場があって、しかもそこでそりあそびが出来るなんて、なんてなんてなんて最高なんだろう、と思う。やっぱり、冬はこうでなくっちゃね、と思う。
と同時に、娘から送られてきた、実家の三献の様子を思い出した。母がいて、姉たちがいて、美味しい三献があって。皆でお正月の挨拶をして笑いあって。


いつかみーんなで一緒に暮らせると良いね!


いつだったか姪っ子のnちゃんが言った。笑い飛ばしたものだが、いきなりそれを思い出した。今のわたしは、家族からとっても離れた異国の地で、雪道を踏みしめながら犬たちと歩いている。ホットカーペットやらお餅やら紅白歌合戦なんてものからは到底遠い場所にいる。そして、そのどちらもいいなぁと思っている。どちらも欲しいと思う。欲張り!?


新年の挨拶を送ったら、いろんな人から返事が来た。オーストラリアにいる甥っ子からも返事が来た。彼も頼もしくなったなぁとしみじみ。


新しい年、どんな風になるかな。良いことが沢山待ってるかな。

良い年にしよう。
健康第一。


あ、皆に送った新年の挨拶をメモしておこう。ネットで見つけたものをちょっとアレンジ。


Fresh HOPES, Fresh PLANS, Fresh EFFORTS, Fresh FEELINGS. Welcome 2016 with a fresh GOOD HEALTH. Happy New Year! :)

新年おめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします!
















10/04/2015

近況







なんと、書き方すら忘れてしまった感。このまま書き出して良かったものか。アップロードしたらそれなりの形になるんだったっけか?


最後に書いたのは去年の7月か。ということは、あれから転職したんだな。Home Careの仕事を辞めて、友人から誘われたSchool DistrictのFood Serviceで働くことになった。週末は休みだし夏休みやら冬休みやらはあるし、ってことで。それに時給が良かった。フルタイムになっても年間の総時間数では普通にパートで働くのとあまり変わりはない。ならば・・・ということで決心。

友人からは重労働だ、ストレスが多いかも、人間関係とか・・・などと聞かされたが、医療系に比べたらストレスなんて屁の河童。ストレスが低いとまでは言い難いが、その質が違う、命を預かることに比べれば・・と思った。実際、そうだった。
が、人間関係で人生初の(大袈裟ではなく)トラブルに遭遇した。この辺りは日記につらつらと書いてある。最初はそれなりに対処していたが、だんだんとエスカレートしてきて、HRやらepuityやらを巻き込んでの大騒ぎ(?)となった。結果、わたしは撃沈されたわけだが、現在は別のキッチン(学校が変わった!)で働き出し、毎日それなりに快適である。

というわけで、School District Food Serviceもこの夏から2年目となった。復帰前までは夏休みが約3ヶ月あって、日本に2ヶ月以上(8weeks)帰った。最高。この仕事、辞められません。感謝、感謝。


と、とりあえず、近況。

書くつもりはなかったのだけれど、自分の過去の記事を読んでいたらなんだかね。特にぶるーすのことが書かれてて、色々と思い出しちゃったりしてね。
日記のほうは夏休み期間、ほぼ書かなかったが、それ以降復活して、毎日の記録をしている。なんだか小学生の日記みたく、今日は(というか、基本的に昨日のことを書いているのだが)何をした何があった、ばかり。「自分の思いも書きましょう」と、よく生徒に言ったもんだが、はて自分はどうよ?ははははは、ばかちん。

だから、日記じゃない方向で書けるのは良いかも。ここは。









7/23/2014

家畜の如く




つい先週まで日本にいたってのが夢のよう。
なんだかんだ言いながら、こっちの暮らしにまた溶け込んでってる。なんだかなぁ。


今回、帰国時(こう書くと紛らわしいが、こちらへ戻って来たときの「帰国」時)の入管にかなり時間がかかった。これまではGカード保持者は米国市民と同じ列に並んで良かったと記憶していたのだが(家族が米国市民である場合は特にね)、永住者も他のVISAの人達同様に扱われ、機内で最後方のシートだったせいもあり、列の最後尾に。おかげで悠に1時間以上、かかった。
それだけならまだ良い。何人かいる入管の局員のうち、あの人には当たりませんように・・と願っていた人に大当たり。それでも笑顔で乗り切ろうと挨拶をしたのに、じろりと睨まれ、冷たくあしらわれ。
なんなんだろねぇ、この入国管理局の連中ってのは。そらおふざけでやれるような仕事ではないことはわかる。だけど、真面目に、ってのと不機嫌、ってのは全然違うでしょう。
とにかくその女性は不機嫌だった。フレンドリーでなくたっていい、ただ、「普通に」接して欲しい、そう思った。
ビビったせいもあり、「何か食物は持って来ているか」という質問に、「ええ、少し」と答えてしまった。頭ではNOと言えばいい、とわかっていたのだが。正直に話さないと、後から怖い、、と縮み上がってしまったのだった。「内容は」と聞かれ、うーん、春雨とか・・と答える。「それは何か」いわゆるrice noodle? マズい、その答え方はマズいよ!
「検疫に寄りなさい」ほーらね、、、がっくし。


米国市民列にて既に入管を済ませ待機していた娘と合流。すぐそこで事の始終を見守っていた彼女、「まさか食物もって来た、って言ってないでしょうね!」えー言っちゃったよ、、と返した途端、怒られた。「時間ないんだよ!」


検疫のお兄さんは、まぁまぁ優しかった。スーツケースを開けられるかな、と思ったがそれはなく、ただマシーンの中を通しただけ。そして、「一応説明させてくれ」と、検疫における種々の病原菌拡散防止についてをつらっと述べてくれた。わかってるわかってるって、と言いたいのを堪え、神妙に聞いているフリをした。

それからスーツケースを再度預け、手荷物を持ってセキュリティーへ。ここではとても大きな(身体も大柄だが態度も超横柄な)女性が担当だった。なんでそんなに偉そうにしてるわけ?と言いたいくらい。
彼女は、娘が出したペットボトル2本を指差し、NO,NO!と叫んでいた。あ、と思い出す。そっか、あれは駄目だったのか。一度、セキュリティを通った後だったので大丈夫かと思っていたのだが、駄目らしい。捨てちゃえばいいやと思っていたところ、娘が鋭い目つきでその女性を見返して(睨んで?)いた。え、え、良くないよ、良くない、従順にしてないとマズいって。そう思っていたらば彼女、「どこかこれらを破棄できるところはありますか?」と訊いていた。担当の女性は、あっあぁ、あそこへ、と返す。娘が流暢な英語を喋ることに戸惑った様子。わたしを待っていたので相当遅くなった彼女、まさか米国市民とは思わなかったのだろう。

娘の怒った顔を見て冷や汗をかいたわたしだったのだが、その後、走りに走ってようやく飛行機に乗り込み、一息ついたところで彼女の怒りを聞いた。入管で時間がかかったことに加え、あの扱い。娘曰く、「家畜並みの扱いだ」と。家畜か。なるほど言われてみたらそうかもしれない、と腑に落ちた。

米国は、テロ対策と称して善良な外国人を家畜の如く扱っている、と。それは大きな間違いだ、と。そんな方法は、ちっともテロ対策にはなっていない、と。それから、あの大柄な女性はロシア訛りの英語を使っていて、彼女だって第二国から米国に入った外国人であることを忘れ、他の外国人に対し無礼な対応をしている、と憤慨していた。なるほど、確かにそうだ、と思う。

わたしは短気なほうだが、そういうことにおいては生粋の日本人なのだろう。娘に指摘されるまではそれほど怒りはなかった。そういうモンなんだろう、と思った。まぁしょうがないか、と。

そういうところで、いや違うでしょ!と、思うところ、かつ、違うだろうと立ち上がるところは、娘が半分はアメリカ人である所以というか、アメリカ人的視点を持った人間である、というところなのだろうなぁと思った。


家畜かー。

妙に納得した言葉だった。


家畜はペットじゃないんだよなぁ。わたしはこの国ではまだまだ権利のない人間なんだなぁ。その辺り、もちっと意識して生きていかんとなぁ。













4/15/2014

クレーム












青空が綺麗だけどキーーーンと寒い朝。気温は28F(-2℃)体感22F(-5.5℃)くらい。



散歩に出て最初の曲がり角のところで背後から声をかけられた。ん?わたしにか?と思いながら振り向くと、少し離れたところで車に乗りかけた女性が何やら言っているのだが、どうも朝の挨拶ではなさそう。思わず、エクスキューズ・ミー?するとその女性、すかさず「あなたの犬はいつもそこでおしっこしてるの?」と訊いてきた。ここでやっと、その女性がコーナーの家に住んでいる方らしいとわかる。そして、んーーーしばし考えた後に、「たぶん、時々は」と答えた。「誰かわからないけど、犬のおしっこのせいで芝生を枯らしてしまうのよ」一応、誰かわからないけれど、と言ってはいるが、やはりクレームだった。救われたのは、このときデューイもコズモもおしっこしてはいなかった、ということ。ただそこらをふふふん、と嗅いでいた。たぶん犬のおしっこの匂いが染み付いているのだろう。ふーむ・・一拍置いてから、「OK」とだけ、言った。なんだかね、せめてもの反抗。ここで日本人的に謝ったらここいら界隈すべての犬たち(&オーナーら)の責任をひとりで背負わされかねない。いや、そこまで非情な責め方はしないとは思うけれど。彼女は「サンキュー」と言って車に乗り込んだっぽい。わたしは犬たちに、「行くよ!」と言って引っ張って歩き出した。ふつふつと、心のなかに塊のような何かが。そこは前庭でもなく、歩道と道路の間だ。もちろんそこも個人の敷地ではあるのだが。それでもなぁ、、、と、もやもや。世の中、犬好きばかりではないことはわかる。以前、日本の都市部では、犬の散歩のときにタンクに入れた水を持ち歩き、犬の排泄後にその水をかけてその場所を洗う、という記事を読んだ。うわーーーと、他人事のように思っていたのだが。

ドッグ・フレンドリーな街に引っ越して来てそろそろ8ヶ月。犬のことで初めて受けたクレームに、ちょびっとしょんぼりしてしまった自分。でも、今、これを書いている足下でコズモはのんびりと眠っている。その様子を見ると、母ちゃんがしっかりせなーと思う。こんなかわいい奴に「悪犬」ってレッテルはられたらかわいそうだものね。











4/13/2014

すとん






この場所、すっかり遠ざかってしまったな。
なんてことはない、無精なだけなのだ。
面倒だからという理由を自分のなかで落ち着かせてしまうと、さらに遠ざかる。
ひとは見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞くもの。
こうやって埋もれていくーーー。


のに、なんでここへ来たのか?
特別な理由もなく、ただ単にしょろっと(間違って)クリックしてしまった、と、それだけ。
でもね、そこで素敵なブログを拝見。こちらもずぅっと筆無精で更新されていなかった田口壮選手のもの。とは言え、この日記自体がもう2ヶ月前のものだったのだけれど。

以下、心に残った彼の言葉。

・・・

とかく見知らぬ場所へ行く直前は、情報で頭でっかりになりがちですが、
真っ白な気持ちで行って、あるがままを受けとめるのが、馴染むには
一番早い方法かもしれません。

・・・


新しい職場で仕事を始めたのが1月末。
前職とは勤務体系がまったく違うことに戸惑い、それでもとにかく慣れるべくがんがんと走って来た感じ。色々悩むよりまずは慣れろ、と、頭のなかで繰り返し。

そしてまた新たに始まった週一の講師の仕事。
これはもうまったくの初心者で、前情報を入れると逆にビビってしまうとばかりに、あまり勉強することなく飛び込んでしまったことに、今になって後悔。それはきっと、真っ白な気持ちというピュアな心ではなかったのだなぁ。猛省。
しかしながら、「あるがままを受けとめる」それが「馴染む」ということ。慣れると馴染むは、また微妙に違うね。
ありがとう。清らかな心で受けとめよう。



清らか。

昨日、すとんと落ちた言葉だった。友人のブログからだ。清らかで、正しくて、強い。
芯のぶれない強い優しさ、それを清らかに人に伝えること。
「清らかに」人に伝える。
そこだよなぁ。わたしの中にはよこしまな心がある。誰の心にもあるものだ。でも、何かを伝えるとき、きよらかに。それは出来るように思う。出来ていることもあったかもしれない。なんてね。
でもね、いちばん、心に残ったのはこのことば。

・・・

好きな本、というのはいつもそうだわ。
この本に書かれていることは、知ってる、本当のことだよ!
って思うものだわ。

・・・


本当にそう!!
わたしはあなたのブログを読んで、そう思った。本当のことだよ!
















10/04/2013

傍にいてくれるだけでいい



ブルースのことを思い出すときは、楽しかったことばかりが浮かんでくる。心が淋しくならないよう、わたしの心がそう仕向けてくれているのか。
もっと色んなこと思い出そう、と、自分のために書き留めている日記を読み返していたら、だんだんだんだん、淋しく、恋しく、なってきた。心は、まだ辛いのだなぁ、と思う。うん、それでいいのだ。






2012年4月24日



昨日の朝、仕事へ行くときに驚いたこと。それは辺りがもう白んで来ていて、青空がうっすらと始まっていたこと。週末休みの間に、夜の明けるのが早まっていたらしい。たったの2日でこんなにも違うのかと驚かされた。先週の金曜まではまだ真っ暗ななか、職場へ向かったものだけれど。


昨日の朝は38Fとさっぶい朝だったが今朝は寒さが緩んだようで起きるのが楽だった。今、調べてみると47Fと出ている。全然違うね。やっぱり寒いのは堪える。

Bの様子を書いておこう。
最近(半年くらいか)、散歩のときにわたしが来るまで待っている。それだけじゃなく、夫とD&Cが準備出来て外へ出ようとしても、わたしの元へやってきて、出かけようとしない。きっと、自分はマミィと歩くもの、と感じているのだろう。一緒に行こうよ、と誘ってくれているのが嬉しい。その反面、体がキツイのかな、、と不安になる。日曜日には、疲れないようにと散歩の途中でわたしとBだけ帰るように仕向けたが、ダディとD&Cが先を行くのを見て、頑固にも動かなかった。なので、様子を見ながら一緒に後から付いて行ったのだけれど、後半になって脚が動かなくなってしまったらしい。ひょこひょこと片足を引きずって歩き出し、それがだんだん酷くなったので、そこから夫が担いで帰った。ダディに抱かれたBは嫌がることなく、ちょっと嬉しそうな顔までして(!)おうちまで一緒に帰った。以前は、抱っこされると怖がったり嫌がったりしたものだが、あんなに素直に担がれる姿を見ると、さらに淋しいような切ないような気持ちになってしまった。
昨夜は、TVを見ているわたしの傍に来て、撫でてと言わんばかりに顔をすり寄せて来る。リクライナーに座っているわたしは、Bの首もとを撫でるのに手が届かず体勢が苦しい。それでも長いこと体を斜めにしてBを撫でていたのだけれど、どんどんさらに遠くのほうへと横たわってしまうB。結局、リクライナーから降りてフロアーの上にクッションを置いてそこへ座って、Bをずっと撫でてあげた。Bはとても安心して眠っていた。体を撫でていると、骨皮ばかりで筋肉がすっかり削げ落ちているのがよくわかって、本当に辛くなる。夫にそのことを言いながら、涙が出てきそうになった。
そうそう、Bは眠っている途中で、くっさーーーーいおならもしてくれた。まったくーーー。おなら攻撃を食わせながらも本犬は知らん顔でぐっすり眠っている。なので、ちょうど良いとばかりに、爪切りをした。案の定、良く寝ていたので切りやすかった。

じいちゃんになってしまったBがかわいくて愛しくてたまらない。Bとは長い歴史がある。いつまでもいつまでも元気でいて欲しい。いや、元気とまでは言えなくても、傍にいてくれるだけでいいよ。








9/27/2013

ぶるーす



ブルースは1998年5月17日に生まれた。そして同年、10月10日に我が家へやって来た。5ヶ月弱の頃。当時わたしたちは念願のマイホームを購入、長年引き延ばしにしていた「犬を飼う」という娘との約束をやっと果たした、記念すべき日である。



ブルースは片田舎のちいさなショッピングモール内のちんこいペットショップにいた。後からわかったことなのだが、そのペットショップは閉店間際だったらしい。なーんてことはつゆ知らず。もこもこと両の手にすっぽりおさまるサイズのかわいいパピィたちの隣のケージ(しかも仕切りをはずして2部屋が使われていた)のその犬は、周囲の犬たちに比べるとひときわでかかった、やたらでかかった、成犬と呼べるくらいにでかかった。だからだろう、誰もその犬に目を向けることはないように思われた。見た目、全然、仔犬じゃないし。
その犬は、オーストラリアンシェパードという犬種だった。シェパードっていうくらいだからもっとでかくなるのだろうな・・まぁでもそれほどでもなかろう・・そんなことを思っていた。初めてブルースに会った日。それはまだ新しい家に引っ越す1週間前のことであった。当時まだわたしたちはアパートで暮らしていた。だから、下見に出ただけ、まだ犬を迎え入れることは出来なかった。



10月10日土曜日。
わたしたち家族はそのペットショップへ向かった。その日、わたしたちはそれぞれ、その犬のことを考えていた。もしかしたらもう誰かが買ってしまったかもしれない、もういないかもしれない、いなかったら仕方がない、でももしまだいたら・・・。
不思議なことに、誰もその犬のことを口にしなかった。でも、わたしの心の中では決まっていた。もしあの子がまだいたら、あの子にしよう、きっと賛成してくれる、そう思っていた。夫も娘も同じ気持ちだったというのは、後になって知ったことだった。


その犬はまだそこにいた。そして、彼の隣のケージに6-7匹はいた仔犬たち(シーズー)は、殆どがいなくなり、代わりに違う犬種の仔犬が3匹ほど、むにゅむにゅと動いていた。それがどの犬種だったかはまったく覚えていない、あの犬がまだそこにいたから、目に入らなかったのだ。

わたしたちはそれぞれがほっと安堵し、それぞれがやったーと心のなかで喜び、さてどうやって伝えよう、と思っていた。あのとき、誰が最初にこの言葉を言ったのか、或いは皆がほぼ同時に言ったのか、どうだったろう?

I want him.



ペットショップのオーナーは大きな女性だった。彼女は嬉しそうにその犬をケージから出し、ショップ前に作ってあるサークルの中へ入れた。犬は、ケージから出たことがあまりなかったのかもしれない、どうしたら良いのかわからない様子だった。脚の力もあまりない感じだった。大きな体なのに、おどおどしていて、やっぱりまだ仔犬なんだなと思った。娘は嬉しそうに彼を撫で、抱きしめた。

どれくらい大きくなるのでしょう、オーナーに訊くと、これ以上はそれほど大きくはなりませんよ、という答えだった。もちろん嘘。でも、わたしたちは皆、そのことに気付いていたし、それでいいとも思っていた。
この犬に決めたと伝えると、彼女は上気した顔で「$100でいいわ!」と言った。そう言えばわたしたちは、その犬の値段さえ知らなかった。で、いいわ、だなんて。この犬はよっぽど長い間、売れ残っていたのか、とかわいそうに思う。と同時に、彼がわたしたちを待っていたのだ、と思えた。会うべくして出会えた犬なのだ。


犬は「歩く」ことを知らなかった。なので、夫が抱いて、車へと向かった。ペットショップと提携している獣医のところでワクチン注射をして貰うことになっていた。車で5分ほどのところにあったと記憶している。そこへ向かう途中、車に乗ってすぐ、その犬は車内でおしっこをしてしまった。あー怖かったのかな、大丈夫、大丈夫。わたしたちは笑いあった。



帰り道、名前をどうするかという話になり、なぜかわたしが付けることになった。
その犬を見て、最初の印象はなんとも憂いのある、黒い目だった。優しく、悲しく、すべてを知っているような、深い目。
ふと、中島みゆきの歌を思い出した。わたしが あんまりブルースを歌いすぎたから 町では このところ 天気予報は「明日も夜です」


ブルース。Blues


それでも とにかく 昔の古いろうそくを 引っぱりだして 火をつける すると聞こえ出す古いブルース



Bluesがいい。 わたしは言った。音楽の、ブルース。
それは名前にはならない。名前じゃない。 夫が言った。
えーーぴったしなのに。いいじゃない、わたしたちが付ける名前なんだから。
それじゃぁBruceにしよう。Bruceなら名前だ。

まっいいか、と思った。わたしはBruce willisのファンだったし、日本語だとブルース(音楽の)もブルース(名前の)も同じ読み(響き)じゃ。



明るいろうそくを灯せば 明るいブルースが灯り
ちびたろうそくを灯せば ちびたブルースが揺れる



で、ミドルネームは、Wolfgangね。

夫と娘は、犬にもミドルネームを付けるのか、と呆れていた。そうだよ、もちろん。わたしはお構いなしだ。Wolfgangという名前は、実は娘に付けるつもりの名前(ファーストネーム)だった。男の子が生まれると信じていたわたしは、Wolfgangという名前にしてWolfyと呼ぶつもりでいた。が、生まれて来たのが女の子だった。男の子が生まれたらーーーと思って長年その名前をあたためていたのだが、まぁ現実にはならなかった。そして今、念願の男の子(犬)が我が家へやって来たのだ。
夫と娘は、まぁいいよ、と承諾してくれた。別に誰もミドルネームで呼ぶことはないし。とでも思ったのだろう。


こうして、ブルースは我が家にやって来た。