9/27/2013

ぶるーす



ブルースは1998年5月17日に生まれた。そして同年、10月10日に我が家へやって来た。5ヶ月弱の頃。当時わたしたちは念願のマイホームを購入、長年引き延ばしにしていた「犬を飼う」という娘との約束をやっと果たした、記念すべき日である。



ブルースは片田舎のちいさなショッピングモール内のちんこいペットショップにいた。後からわかったことなのだが、そのペットショップは閉店間際だったらしい。なーんてことはつゆ知らず。もこもこと両の手にすっぽりおさまるサイズのかわいいパピィたちの隣のケージ(しかも仕切りをはずして2部屋が使われていた)のその犬は、周囲の犬たちに比べるとひときわでかかった、やたらでかかった、成犬と呼べるくらいにでかかった。だからだろう、誰もその犬に目を向けることはないように思われた。見た目、全然、仔犬じゃないし。
その犬は、オーストラリアンシェパードという犬種だった。シェパードっていうくらいだからもっとでかくなるのだろうな・・まぁでもそれほどでもなかろう・・そんなことを思っていた。初めてブルースに会った日。それはまだ新しい家に引っ越す1週間前のことであった。当時まだわたしたちはアパートで暮らしていた。だから、下見に出ただけ、まだ犬を迎え入れることは出来なかった。



10月10日土曜日。
わたしたち家族はそのペットショップへ向かった。その日、わたしたちはそれぞれ、その犬のことを考えていた。もしかしたらもう誰かが買ってしまったかもしれない、もういないかもしれない、いなかったら仕方がない、でももしまだいたら・・・。
不思議なことに、誰もその犬のことを口にしなかった。でも、わたしの心の中では決まっていた。もしあの子がまだいたら、あの子にしよう、きっと賛成してくれる、そう思っていた。夫も娘も同じ気持ちだったというのは、後になって知ったことだった。


その犬はまだそこにいた。そして、彼の隣のケージに6-7匹はいた仔犬たち(シーズー)は、殆どがいなくなり、代わりに違う犬種の仔犬が3匹ほど、むにゅむにゅと動いていた。それがどの犬種だったかはまったく覚えていない、あの犬がまだそこにいたから、目に入らなかったのだ。

わたしたちはそれぞれがほっと安堵し、それぞれがやったーと心のなかで喜び、さてどうやって伝えよう、と思っていた。あのとき、誰が最初にこの言葉を言ったのか、或いは皆がほぼ同時に言ったのか、どうだったろう?

I want him.



ペットショップのオーナーは大きな女性だった。彼女は嬉しそうにその犬をケージから出し、ショップ前に作ってあるサークルの中へ入れた。犬は、ケージから出たことがあまりなかったのかもしれない、どうしたら良いのかわからない様子だった。脚の力もあまりない感じだった。大きな体なのに、おどおどしていて、やっぱりまだ仔犬なんだなと思った。娘は嬉しそうに彼を撫で、抱きしめた。

どれくらい大きくなるのでしょう、オーナーに訊くと、これ以上はそれほど大きくはなりませんよ、という答えだった。もちろん嘘。でも、わたしたちは皆、そのことに気付いていたし、それでいいとも思っていた。
この犬に決めたと伝えると、彼女は上気した顔で「$100でいいわ!」と言った。そう言えばわたしたちは、その犬の値段さえ知らなかった。で、いいわ、だなんて。この犬はよっぽど長い間、売れ残っていたのか、とかわいそうに思う。と同時に、彼がわたしたちを待っていたのだ、と思えた。会うべくして出会えた犬なのだ。


犬は「歩く」ことを知らなかった。なので、夫が抱いて、車へと向かった。ペットショップと提携している獣医のところでワクチン注射をして貰うことになっていた。車で5分ほどのところにあったと記憶している。そこへ向かう途中、車に乗ってすぐ、その犬は車内でおしっこをしてしまった。あー怖かったのかな、大丈夫、大丈夫。わたしたちは笑いあった。



帰り道、名前をどうするかという話になり、なぜかわたしが付けることになった。
その犬を見て、最初の印象はなんとも憂いのある、黒い目だった。優しく、悲しく、すべてを知っているような、深い目。
ふと、中島みゆきの歌を思い出した。わたしが あんまりブルースを歌いすぎたから 町では このところ 天気予報は「明日も夜です」


ブルース。Blues


それでも とにかく 昔の古いろうそくを 引っぱりだして 火をつける すると聞こえ出す古いブルース



Bluesがいい。 わたしは言った。音楽の、ブルース。
それは名前にはならない。名前じゃない。 夫が言った。
えーーぴったしなのに。いいじゃない、わたしたちが付ける名前なんだから。
それじゃぁBruceにしよう。Bruceなら名前だ。

まっいいか、と思った。わたしはBruce willisのファンだったし、日本語だとブルース(音楽の)もブルース(名前の)も同じ読み(響き)じゃ。



明るいろうそくを灯せば 明るいブルースが灯り
ちびたろうそくを灯せば ちびたブルースが揺れる



で、ミドルネームは、Wolfgangね。

夫と娘は、犬にもミドルネームを付けるのか、と呆れていた。そうだよ、もちろん。わたしはお構いなしだ。Wolfgangという名前は、実は娘に付けるつもりの名前(ファーストネーム)だった。男の子が生まれると信じていたわたしは、Wolfgangという名前にしてWolfyと呼ぶつもりでいた。が、生まれて来たのが女の子だった。男の子が生まれたらーーーと思って長年その名前をあたためていたのだが、まぁ現実にはならなかった。そして今、念願の男の子(犬)が我が家へやって来たのだ。
夫と娘は、まぁいいよ、と承諾してくれた。別に誰もミドルネームで呼ぶことはないし。とでも思ったのだろう。


こうして、ブルースは我が家にやって来た。