4/15/2014

クレーム












青空が綺麗だけどキーーーンと寒い朝。気温は28F(-2℃)体感22F(-5.5℃)くらい。



散歩に出て最初の曲がり角のところで背後から声をかけられた。ん?わたしにか?と思いながら振り向くと、少し離れたところで車に乗りかけた女性が何やら言っているのだが、どうも朝の挨拶ではなさそう。思わず、エクスキューズ・ミー?するとその女性、すかさず「あなたの犬はいつもそこでおしっこしてるの?」と訊いてきた。ここでやっと、その女性がコーナーの家に住んでいる方らしいとわかる。そして、んーーーしばし考えた後に、「たぶん、時々は」と答えた。「誰かわからないけど、犬のおしっこのせいで芝生を枯らしてしまうのよ」一応、誰かわからないけれど、と言ってはいるが、やはりクレームだった。救われたのは、このときデューイもコズモもおしっこしてはいなかった、ということ。ただそこらをふふふん、と嗅いでいた。たぶん犬のおしっこの匂いが染み付いているのだろう。ふーむ・・一拍置いてから、「OK」とだけ、言った。なんだかね、せめてもの反抗。ここで日本人的に謝ったらここいら界隈すべての犬たち(&オーナーら)の責任をひとりで背負わされかねない。いや、そこまで非情な責め方はしないとは思うけれど。彼女は「サンキュー」と言って車に乗り込んだっぽい。わたしは犬たちに、「行くよ!」と言って引っ張って歩き出した。ふつふつと、心のなかに塊のような何かが。そこは前庭でもなく、歩道と道路の間だ。もちろんそこも個人の敷地ではあるのだが。それでもなぁ、、、と、もやもや。世の中、犬好きばかりではないことはわかる。以前、日本の都市部では、犬の散歩のときにタンクに入れた水を持ち歩き、犬の排泄後にその水をかけてその場所を洗う、という記事を読んだ。うわーーーと、他人事のように思っていたのだが。

ドッグ・フレンドリーな街に引っ越して来てそろそろ8ヶ月。犬のことで初めて受けたクレームに、ちょびっとしょんぼりしてしまった自分。でも、今、これを書いている足下でコズモはのんびりと眠っている。その様子を見ると、母ちゃんがしっかりせなーと思う。こんなかわいい奴に「悪犬」ってレッテルはられたらかわいそうだものね。











4/13/2014

すとん






この場所、すっかり遠ざかってしまったな。
なんてことはない、無精なだけなのだ。
面倒だからという理由を自分のなかで落ち着かせてしまうと、さらに遠ざかる。
ひとは見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞くもの。
こうやって埋もれていくーーー。


のに、なんでここへ来たのか?
特別な理由もなく、ただ単にしょろっと(間違って)クリックしてしまった、と、それだけ。
でもね、そこで素敵なブログを拝見。こちらもずぅっと筆無精で更新されていなかった田口壮選手のもの。とは言え、この日記自体がもう2ヶ月前のものだったのだけれど。

以下、心に残った彼の言葉。

・・・

とかく見知らぬ場所へ行く直前は、情報で頭でっかりになりがちですが、
真っ白な気持ちで行って、あるがままを受けとめるのが、馴染むには
一番早い方法かもしれません。

・・・


新しい職場で仕事を始めたのが1月末。
前職とは勤務体系がまったく違うことに戸惑い、それでもとにかく慣れるべくがんがんと走って来た感じ。色々悩むよりまずは慣れろ、と、頭のなかで繰り返し。

そしてまた新たに始まった週一の講師の仕事。
これはもうまったくの初心者で、前情報を入れると逆にビビってしまうとばかりに、あまり勉強することなく飛び込んでしまったことに、今になって後悔。それはきっと、真っ白な気持ちというピュアな心ではなかったのだなぁ。猛省。
しかしながら、「あるがままを受けとめる」それが「馴染む」ということ。慣れると馴染むは、また微妙に違うね。
ありがとう。清らかな心で受けとめよう。



清らか。

昨日、すとんと落ちた言葉だった。友人のブログからだ。清らかで、正しくて、強い。
芯のぶれない強い優しさ、それを清らかに人に伝えること。
「清らかに」人に伝える。
そこだよなぁ。わたしの中にはよこしまな心がある。誰の心にもあるものだ。でも、何かを伝えるとき、きよらかに。それは出来るように思う。出来ていることもあったかもしれない。なんてね。
でもね、いちばん、心に残ったのはこのことば。

・・・

好きな本、というのはいつもそうだわ。
この本に書かれていることは、知ってる、本当のことだよ!
って思うものだわ。

・・・


本当にそう!!
わたしはあなたのブログを読んで、そう思った。本当のことだよ!